ecrit
Text Size :  A A A
|  Diary  |  Cafe  |  Profile  |
久しぶりに奈良にゆく。1年ぶりか。知り合いの店など訪ねてから東大寺と東大寺ミュージアム (Click!) へ。
東大寺は私20年ぶり、はにお初めて。東大寺いったことない奈良県民なんているんだと驚愕。
母が周辺の大学教員だったことから、東大寺では幼児期よく遊んだ。けど鹿も大仏もどちらもこわかったので
あまりうれしい気持ちではおらず、父にしがみついていたような記憶しかない。

ならまちを歩く。ならの仏を見て堂宇を眺める。舗装されてない道を歩く。見捨てられたままのものを見つめる。
光を当て続けられてきたものを見上げる。昼間の光、午後の光、夕暮れの闇、夜闇、朝焼けの光のならを見る。
朝方の東大寺門前、飛火野、半夏生の頃午後二時の誰もいないしいんとしたならまちの四つ辻、
夜中の興福寺、夕暮れの不審ケ辻。誰もいない東大寺裏の礎石の上。すぐそこに触れられそうな月光菩薩。

こどもの頃から、ならを歩くと胸の詰まるような想いが湧く。満たされていない過去世の遺恨や未燃感が突き上げるような。
ぜったいわたし過去世でなにか不遇の暮らしをこの地でかこって想いを遺して死んでんじゃないのっておもう。
明日香村の山田寺跡地でもおなじような気持ちになったんだけど。

ならにいると、ふわんと甘い気持ちと同時にほどよく不安になって、その根源が知りたくって、何か書きたくなる。
4年前、本気でならまちに引っ越そうとして物件まで探したが、仕事の関係で京都にとどまった。
こどもを育てるならああいうふわわんとした、ロイヤリティのある田舎がいい。
ならに暮らせなくても、仕事部屋を持つなど、できないものか。

それにしても、だ。
90歳の祖母が師範学校の帰りに通い、母が大学の寮を抜け出して甘味を楽しんだ湖月の倒産は残念だ。
寛永堂のやり方もえぐいと思うが、50円玉3枚分やすく買える激甘粗悪三笠が売れるような人間の味覚も、無念だ。

衣替えしたら、はにおが痩せてて去年の服がぶかぶかだった。181センチでMサイズが、まだぶかぶか。
肩幅ぱつぱつだけど胴囲がりがり。キッツイ嫁はんに苦労してはるんどすか。
まあ、彼の直近の先祖二代もそういう体型だわな。
この体型、18歳の頃とおなじらしい。
FBで再開した同級生男子、昔はほっそりしてたのがみな軒並みぱつぱつになってるのを見るといずれゆく道かと思うが。
しかし遺伝子的にそうそう簡単には太れない体質。太るに努力を要するなんて、なんて、いいなあー。
さらに、目視だがはにおの背、まだ伸びてる気がする。
あなたが縮んだんじゃないのと言うが、まだそこまで老いぼれてない、はず。
ここ三日は、陽明文庫展、三十三間堂、テルマエロマエ鑑賞、壬生狂言鑑賞などして、忙しく享楽した。
一週間が、あっというまにおわる。
4月からはにおが高校非常勤に行きながら大学院に。
私は大学非常勤しながら大学院モグリに。
一週間は、あっというまにおわる。
大学院に通い始めてもう8年目。
たいした業績も残せず、名もなきままに、ここまでだらりときてしまった。
今日、今年度初そうめんをキメる。全盛期は4束キメられたのに、いまは胃腸の老化で2束がギリ。
はにおも私も奈良出身。よってそうめんと柿は「人からもらうもの」と思って育ったので、大人になってその値に驚いた。
今日は暑かったので、急場しのぎに安物を購入(10束398円)。ざるの金気が味に移ったような風味でぐにゃぐにゃ。
1束も食べきれなかった。そうめんは高級品、無理ならば三輪のひねものに限る。
毎年のお気に入りはコチラ。 (Click!) 相当に、おとく。
母には「びっくり水」をしてゆでると教わったが、居酒屋の大将に習った1分半かっきりゆでる方法の方が、うまい。
三輪を固めにゆでて、しょうが・みょうがでささっとたぐりこむのが、すきだ。
「カーネーション」おわって「梅ちゃん先生」にシフト。梅ちゃんが先生になるお話かな。
でもカーネーションよかったなあ。晩年の糸子、もそっと関西弁こなれた人にしたらよかった。
尾野真千子を見てると平成の北島マヤだと思う。あの人は舞台にあがればたとえライバルが差し替えた泥饅頭でも
「おいしいおいしい」とほおばり、ライバルを白目剥かせて震撼させる女優だ。
西吉野の中学で、靴箱を掃除してた彼女を見そめた河瀬直美は「なにもしなくていいからたってて」と彼女をスカウトした。
そして「萌の朱雀」でデビューする。運命とか、引き合うもの、宿世、というものは、やはりある。
魂の呼応に敏感なものほど、予定通りの人生と試練を着々とこえてゆくのだろう。
北島マヤの完成型は大竹しのぶ。尾野真千子にはずっとずっといい演技を見せてもらい大竹しのぶ越えてほしい。
彼女と原田芳雄の「火の魚」も、よかった。同郷の誇り、だな。

一方の「平清盛」。ありゃなんじゃ。期待してたのに、画面、粉、飛ばしすぎちゃうか。
いろいろつっこみたいところは多いのだけど、演出と脚本が、なんちゅうか、あかんやん?
西行の出家動機は「后宮と密通して首締めてそれを院にチクられてマジ死ぬかと思ったんで」ってかんじだし。
清盛、「俺はだれなんだー」って誰でもええわい!いつまで家業否定の平安中学2年生やってるねん。
人物の発想が全部近代的なんだ。自我の葛藤とかさ。違和感ある。しかも主役陰薄いし。サイドが濃すぎるのかな?
「ん、もうっ!光らない君!」ってジャンピングハグしちゃう時子、学園モノのヒロインかっちゅーの。
我が家で一番ウケてるのは、三上博史の鳥羽院。白塗り浮きすぎてマイケルなところもいい。
祇園乱闘の回、清盛に「朕を射よ!」ってシーンはしかし、ご乱心がすぎてエアSMに走ったのかと思いましたぞ。
ま、おもろいから、ええけど。三上博史も新境地だなあ。源氏なら柏木やってほしいなあ。
台頭する武家よりも、王家の物の怪ぶりのほうが、ドラマを支えてる気がする。
松山ケンイチは「ノルウェイの森」がよかった。あれは見た翌朝も、感動しつつ目覚めたから。

明日から四月。また怒濤の日々がはじまる。春休みは療養と命の洗濯に暮れた。この報いがコワイ。
ここ半年、宿星に駅馬でもついてるのかというほどバタバタ駆け抜け、おいおいどうなるんだいと疲労感だけ感じたが、
ここ最近は比較的穏やかに喜びことが続いた。実現は先々だが、はにお共々人生が次の段階に移行したと思う。
その過程でつきあう人、このみのもの、向かう場所、手にするものが、次々に変容してゆくのは、仕方のないこと。
その変化を、祝福したい。
幸福は瞬間的で刹那的だが、それを支える母胎とその余韻は永続的。
金沢いってきた。温泉入って魚介食べて、ぐらいしか考えてなかったんだが。
いってみると金沢はちいさな記念館王国。いい間隔で資料館や美術館、記念館があり、文化が深かった。
初日は街をぶらぶら。近江町市場を流し、やすらぎ通り、香林坊、武家屋敷、資料館など散策。
二日目は金沢観光の王道をゆくも、途中から九谷焼市場価格調査をもっぱらとした。
三日目ははにおがつかんだ不確かな陶芸村情報をたよりに、陸の孤島のような土地を能美まで遠征。
九谷陶芸村 (Click!) で九谷を漁る。ふたりとも焼物が好きなので、ナマ天国だった。
さまざまな技法があるが、九谷は吉田屋 (Click!) の絵がすきだ。
箸置き、マグ、ビアグラス、器、豆皿、猪口、一輪挿しなど求めても、百貨店価格の半額以下。
7万円の1点ものの織田光恵の香炉と吉田幸央のビアグラスは、分不相応とはにおに却下されてあきらめた。
陶芸村の店舗は基本的にすでにほとんどが市場価格の半額なのだが、交渉次第で作家の1点ものは9、
手描きで8、量産なら6掛ぐらいまでいけると知る。
11月に価格が値切りと言い値になるなる「地獄市」があるらしい。いってみたい。
その後、金沢市内にとって返し、21世紀美術館で遊んで帰洛。
今回は金沢蓄音機館、中村記念美術館、寺島蔵人邸、泉鏡花記念館、金沢文芸館、鈴木大拙館、
21世紀美術館などめぐった。陶芸博物館、県立美術館、能楽美術館、迎賓館は、次回の楽しみとしよう。
若き日の五木寛之がモロに私の好みであったと知ったのも、収穫であった。
ある夫婦のツマと話す。結婚1年に満たないがオットとの生活が「もやもやする」という。
そりゃそうだ。あんた結婚式したくて結婚したんだもんと思いながら傾聴。
「理想のオット像を描くあまり善意の解釈が過ぎる」オット話も併せて聞きつつ手相を見るとばっくり結婚線が割れていた。
名前を見ると離別の相あり。おいおい、どうなるんだい。いまだってめっちゃ我慢してるだろ。
おじょうさん。着たい服と似合う服は、違うんですよ。
ツマ側のオット話はオットの実像とは何の関係もない、彼女の解釈に基づく作話に近い。
見るべきものから目をそらし、見たいことだけねつ造して見るというのは、たしかに「もやもや」するだろう。
オットは個人的には善人だし、ツマも個人的には善人だ。だが相性が悪いと善性も相克する。
そういう意味では、なにもかも、だれのせいでもないのだがなー。
ツマのほう、いますぐにでも、周囲が出産してるから、自分も出産したい、という。
ほしいものが、ほしいわ、とはバブル期西武のコピーだが、基本人間は他人のものが、ほしい、の、か。
人を繰るには「欲望の三角形 (Click!) 」は有効だが、自分がそれに繰られるのは、どうもつまらん。
昨年度書いた論文6本、内1本は依頼、1本は学内誌、2本は査読通って全国誌決まる。カミサマアリガトウ。
今年度は残り2本、さらに機をみて全国誌査読にトライ。がんばれおれ。
昨日の研究会、はにおの論文合評は、ものすごかった(とだけ、言っておく)。
批判に個人的な感情や嫉妬やいらだちは含めるべきではない。
さらに、意見は有機的なものであるべきだ。頭から潰す、否定するのは、「研究会」としては、残念。
あとは、その場で論を守れるのは執筆者の自分しかいないんだから、徹底的に穏便な戦闘姿勢を崩すべきじゃない。
それにしても、世の中にひとつの流れがあるように、研究史もひとまわりして、またもとの位置に戻っているのか。
「こんな視点や問題意識は価値がない」と断言する長老と、そこに「こそ」問題意識を抱く若人を見て、そう思った。
「それは無意味だと考えられてきた」ことがもう古いっちゅーこと。
彼は若いからこそ「そこ」に目をつけたことを(論の出来不出来は別に)私はことほぎたい。
万物は変容しつつ進化し、ある時原点に戻る。そういや今年の気の流れは「原点回帰」。時は流れましたな。
「もうじゅうぶん生きたんだから、いつ死んでもいい」と言った初老の友人は、ガンが見つかったとたんに
ツッコみたくなるほど必死であらゆる手だてを尽くしていた。そういうものかもしれん。あれが人間というものだ。
私の周囲には、若くしてガンと闘う友が多い。
あと1週間ほどでちかよちゃんの1周忌。年忌のうちあわせなどしていたら、別の友からガンだと知らされる。
小中高、ずっといっしょだった、おさななじみの友。ちかよちゃんに言えなかったこと、できなかったことを思い出す。
でもあなたはだいじょうぶ。生還するから。重荷を負いながらなお明るく振る舞う、その姿に人は愛を学ぶ機会を得る。
3週間以上、右耳聞こえないで過ごした。疲れがたまると弱点が悪化するパターン。私の場合は耳。
一時期は右のリンパまで腫れていたけど、いまはなんとかすこし聞こえる。完治にはなお時間を要するか。
耳が塞がると、やたらと嗅覚が敏感になって、世間のニオイにむせかえった。
妊婦のツワル気持ちを、バーチャルに体験。
桃がすきなのに、桃を食べるとかゆくなる、という人がいた。
へー、そんなのあるんだって感心したけど、好きなのに相容れないものは、私にもある。ヤマアラシのジレンマ。
疲れているときの牡蠣。これは普段べつに困らないけど、日常的にはゆでたまご。これは胃が対応しない。
消化が追いつかない。おなじ問題は角煮。今まで5回食べて5回ダメ。脂身を消化できない。
繊細そうではかなげで華奢な女が、夏場も冬場も素足で薄着して、角煮やたまごをもふもふと食べるのを見ると、
生命力と見た目の関係について、じっとしてしまう。
91歳の祖父母、65歳の両親とうちの夫婦で深吉野の温泉へ一泊。
途中、丹生川上神社上社に参拝。社史は古いのだが、ダム建設で、旧社殿はいまダムの底。
新社殿が山の上に建てられて、旧社殿付近のダム湖には大きな龍のオブジェが浮かぶ。
その後同社殿は最近知遇を得た横川総一郎氏(有限会社匠弘堂代表取締役 (Click!) )と匠弘堂の方々が
98年に携わった社殿とわかり(さっき気ぬづいたが07年の龍谷大学の大宮学舎本館改修にも携わっておられた)
さらに小学校時代の友達のおじいさまがこの下社の神主とわかる。
世間って、せまいね。でもうれしい。
龍の栖は神韻蕭々。全身が粟立つ気の清々しさも、高まりきれば畏れとなる。
祭神はタカオカミノカミ。貴船神社といっしょだった。

今日は結婚記念日。綿婚式というそうな。御所でつぼみの梅とともに左大文字の雪化粧を愛でた。
〈父〉であり、オットであり、兄であり、同志であり、導き手であり、もっとも厳しい批判者であるはにお。
日々、ツマとしての私に何の期待も要求もしないこと、ほんとありがとう。日本の男らしからず、ありがたい。
個人として尊重し、個人の生を優先する主義の徹底した姿勢が、私をより生かしています。
君といたらオモロイ、というけど、私も目を離すとなにしでかすかわからんあなたを観察してたらオモロイです。
どんなことも「オモロイ」と思って、ともに乗り越えていきたいもの。

ところで、今日発見したMarque-page (Click!) は、もうほんと、めったやたらと、よかった。

はにおとの関係で最近気づく。私はファザコンだったんだと。
もちろんはにおは10歳も年下だし、私の父と彼は似てもにつかない。
父は私だし、私は父だった。合わせ鏡のような相似形で、ビアジョッキを持つ癖までも同じ。
でも、より激しく勝ち気で、執念深いのが私。そして父ほどのロマンティシズムも優しさもない。
でも父はあまり〈父〉ではなかった。〈父〉とは大文字の父。守り、はぐくみ、安心と安全を提供することを役割とする者。
私の父は〈父〉というよりはむしろ好き勝手に生きてる〈男〉。だから私は外部に〈父〉を求めた。そういうことか。
しかし、いま、この年になって、ようやく思える。父は、金儲けも商売も下手でその才覚はなかったけど、
〈男〉の甘い魅力をたっぷり持った人だったと。色男金と力は、を地でいった人。
いや、まだぜんぜん生きてるけど、そんな風に思える年に、自分もなったのだなと思った。
許す、受け入れる、ということは、若いうちにはできないことだから。
「カーネーション」の糸子とおとうちゃんの関係が、私には自分のことのように思える。